黒猫の見る夢 if 第5話 |
自室へ戻ったスザクは、部屋の中を見回すと、手ごろな箱の中身を全部出し、その箱の中に柔らかいバスタオルに身を包んだルルーシュを入れ、ソファーの上に置いた。 深さのある箱だから、ルルーシュの体力ではこの箱から出る事は出来ないはずだ。 きつく目を閉じ意識なく眠るその頭を、触れるか触れないかぐらいの力で、そっと撫でてみるが、まるで精巧に出来た人形のように何も反応を示さず泣きたくなった。 確かに殺したいほど憎んでいた。 だが、いざその場面が訪れても、ルルーシュを殺す事は出来なかった。 法の裁きを。そう、口にし、彼を生きたまま連行した。皇帝の前に引きずり出し、彼を売り払う事で地位を手に入れた。プライドの高いルルーシュだから、ただ殺されるより、ずっと辛く苦しい事だと、そう思っていた。 だけどまさか、猫にされるなんて思いもしなかった。 だが、これでもう罪は犯せない、彼のプライドを考えれば、これほどの罰も無い。 これだけ弱った姿を見ても、いい気味だ。ユフィを、多くの人を殺したのだから、当然だと、そう、思ったのは事実だ。 だが、そう考える意識とは別のものが、スザクを焦らせた。 死んでしまう。 このままではもう、持たない。 冷たい檻に閉じ込められ、言葉を話す事も出来ず、人としての尊厳を踏みにじられ、人間である事さえ奪われ、生きる理由も、生きる意志も奪われた。 これは地獄の責苦。 確かに彼の罪は重い。 処刑されてもおかしくは無い。 だが、その命を絶つのではなく、まるで玩具のように扱い、苦しめ、そして飽きたのか、いらないと再び枢木に捨てた。 これは正しいのか?これは法の裁きなのか?こんな外道な行い、許されるのか?こんなに苦しむのであれば、このまま静かに死を迎えさせた方がいいのではないか? そう思いながらも、死なせたくない、どんなに辛くても生きていて欲しいという気持ちが心を占めていた。 我ながら勝手だなと思う。 今なら難なく開けられるだろう籠を、あの時はどうしても開けられなかった。 身動一つしないルルーシュの姿にどれだけ動揺していたのか、今は良く解る。 その上、あの映像を見てしまったのだ。 黒の騎士団の名を上げるため、ユーフェミアを操ったのではなかったのだ。 それを知った事で、スザクの中で燻っていた憎しみの火種が消えてしまった。 もしゼロと同じ立場だったら、これ以上彼女に人殺しをさせないために、その心を守るために、やはりその命を絶ったのではないだろうか。 ・・・いや、無理だ。 こんな姿で苦しむルルーシュでさえ、死なせたくは無いと思っているのだから、本人が死を望んでも、きっと殺せないだろう。 よほどの理由がない限りは。 スザクはルルーシュを撫でる手を離すと、部屋を見回した。 脱ぎ散らかされた衣類、空になった容器、今だ開封途中の段ボール。新聞に雑誌類。ここにきてから掃除は一度もしていない。 「掃除しようかな」 几帳面で綺麗好きなルルーシュだ。意識が戻り、落ち着いてこの部屋の状況を認識できるようになったら、間違いなく文句を言われるだろう。声を出すのにも体力は使うのだから、今は出来るだけ文句を言われないようにしたい。 ラウンズに割り当てられた部屋だけあり、無駄に部屋数は多く広いので、使っていない部屋にとりあえずそれらを押し込み、普段使う部屋だけでも綺麗にしよう。 スザクは立ち上がるとゴミ袋を出し、手早く掃除を始めた。 ごくごくごくごく。 子猫は固く閉じた目はそのままに、必死にミルクを飲んでいた。 部屋掃除と洗濯が終わっても、一向に起きる気配のないルルーシュにしびれを切らしたスザクは、無理やりその小さな口をこじ開けると、哺乳瓶の口を差し込んだ。 仰向けは駄目だと言われたから、今度はうつ伏せの状態にしている。 温度も常温だから問題ない。 そうして口にミルクを含ませると、まだ眠ったままだというのに、スザクが与えたミルクを凄い勢いで飲み始めた。 やはり、心は拒絶していても、体は必要としているのだ。 色々な手を使って、どうにか飲ませなければと意気込んでいたスザクだったが、最初の一手であっさり飲んでくれた事に驚き、そして安堵した。 ある程度ミルクが減った所で、ルルーシュは飲むのをやめた。 元々少食だから、飲めるのはこのぐらいなのかもしれない。 しばらく時間を置いてから、また飲ませればい。 ルルーシュを膝に乗せたまま、スザクはパソコンを立ち上げると、猫の本を注文しようと通販サイトを検索し始めた。 ついでにキャットフードの類も買わなければ。 キャメロットに届いた箱には何やら沢山入っていたが、じわじわと殺すのを楽しんでいた可能性がある以上、何が入っているか解らない物は食べさせられない。 点滴以外、出来るだけこちらで用意しよう。勿論ミルクもだ。 通販サイトでいろいろと検索を掛けてみる。ああ、ミルクは粉末の物もあるのか。それの方が濃度の高い物を用意できるから、少量で栄養を沢山上げられそうだ。食事に振りかけて栄養面を高めると言う手もあるらしい。 材料・メーカー・栄養・味。ミルクにせよ、キャットフードにせよ、あまりにも種類が多すぎて思わず眉を寄せた。 5分ほど貴族御用達の高級ペットショップの商品紹介ページを見た後、どれがいいかなんて画面上では解らないなと、スザクは考えるのをやめた。 どうせラウンズになった事で、ばかみたいな金額のお給料を貰ったのだし、気になるモノを全部買ってしまおうと、手当たり次第にカートに入れ、購入ボタンを押した。 |